琉球民謡の歴史とは?

かつて沖縄県は琉球王国と呼ばれ、1429年から1879年まで存在した独立国です。

明(清)の冊封国であり、1609年からは日本の属国になりました。

そのため、明(清)と日本の影響を受けた独自の文化が特徴です。

1879年に日本に併合される形で滅亡しましたが、第2次世界大戦後はアメリカの植民地となりました。

そのため、日本の本土とは違う文化が今もあり、琉球民謡も本土とは違う歴史を歩んできたため、独自のものとなっています。

どのような歴史があるのかをお伝えします。

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琉球民謡の起源とは?

歴史は古く、12世紀から15世紀頃に行われていた神遊び(カミアシビ)という神に捧げる音楽が起源とされています。

その後、三線のルーツとなる楽器が中国から入ってきました。

そうして生まれたのが、琉球王国の宮廷音楽です。

明(清)との冊封使や日本からの使者を迎えるのに宮廷音楽は欠かせないものでした。

一方、民衆の間で生まれたのが民謡です。

庶民たちには三線の使用は許可されなかったようですが、生活の苦労や知恵的なものを始め、仕事歌など様々な歌を歌いました。

なお、元々は庶民たちが歌っていた民謡が宮廷音楽に取り入れられたものもあります。

逆に、首里から地方に派遣された役人が、派遣先の人々に知らせたものもあります。

琉球王国滅亡後の琉球民謡

琉球王国が滅亡をした19世紀に王族や上流士族を始め、琉球王国に仕えていた人々は職を失います。

多くは開墾地を与えられ、地方へと下ったとのことです。

そこで、士族たちは庶民たちに三線や宮廷音楽の歌や組踊を伝えます。

庶民たちは民謡に三線などを取り入れていきました。

現在の琉球民謡は19世紀から20世紀に作られたものが多いといいます。

まとめ

琉球民謡の歴史は古く、起源は12世紀から15世紀の時に祭祀で歌われた神遊び(カミアシビ)と呼ばれるものです。

中国から三線の元となる楽器が入ってきて、宮廷音楽に発展します。

三線は琉球王国が崩壊するまでは王族と士族専用の楽器でした。

一方で、庶民たちも様々な歌を歌っていました。

歌の種類だけで見れば、庶民たちの歌のほうが圧倒的に多いといいます。

士族たちの音楽と民謡の歴史は違うものですが、19世紀に琉球王国が崩壊滅亡します。

それが、キッカケとなり、士族や王族が独占してきた三線といった楽器や音楽が庶民に広まりました。

沖縄本島と周辺の島で歌われる沖縄民謡はもっとも宮廷音楽の影響を受けたとされています。

現在、歌われている民謡の多くが19世紀から20世紀に成立したものだそうです。

今もなお、西洋音楽などの影響を受けて、新唄と呼ばれている民謡が誕生しています。

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